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ライフログ
風邪上がりにお母さんコーチング
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お母さん向けのコーチング講座に参加してきた
午前中の2時間
二回連続講座の一回目

穏やかに辛抱強く優しく子どもの声を待つコーチング
子どもの素朴で時に破天荒な大きな夢に寄り添う
どんな幼い子どもも持っている
その子なりの夢に向かってのヴィジョンやプロセスに

苦手な水泳で検定を受けることも
スポーツ選手になりたい夢も
友達にいじわるされてくしゃくしゃした心にも
子どもの言葉を待ち、その気持ちに寄り添うコーチングだった

私にはとてもフィット感があった




「 わたし"お母さん" になりたかったんだな 」

自分の素朴すぎるくらい素朴な心に気がついた


当たり前でごく普通のことが
とてつもなく遠く感じていた自分を思いだした
「母親になりたい」とカウンセリングで泣いたことを思い出した

そして子どもと関わることは、
とても偉大なコーチングではないか、と思った

講座のタイトルには
『 じっくり待てば子どもは伸びる! 』
とあった

聴く、待つ、承認

とくに「待つ」
というのが大きな力なのだと思った

コーチングスキルはすでに学んでいた
人との関わりもトレーナースキルレベルで学んでいた
そして私自身も変化していた

だがそれとも違う
もっと穏やかでシンプルで温かな”関わる”力

”お母さん”という「育む」存在

方向付けすることなく、存在に寄り添い、夢を共に楽しみ、
その子の言葉を待つ

言葉を自由に操れる前の時期だからこそ
その言葉は心と直結している


その言葉を
存在を育みながら
可能性を信頼して
慌てずに
待ってやること


お母さんは偉大だ、と思った

もちろんお父さんだって







わたしは
お母さんになりたかった

だから
今から
ここから
わたしなりに「母親」になればいい


子どもを想って可能性を信頼して
私なりの母親に
なればいいのだ


それを赦すことなんだ


母親らしい行為が出来ないからと、
それが出来るようになろうとすることより
子を育み、その成長と関わり合うなかで
自分もまた共に影響を分かち合い生きてゆくなら
それもまた親としての在り方の一つなのだと
感じられた




ある時のカウンセリングでの私を思い出す
初期の頃だ

ただのお母さんになりたかった
素朴に子どもを愛してやりたかった

共に生きながら
共に分かち合いながら

我が子を普通に愛してやりたかった

普通がなにか分からなくとも

それが出来なくて苦しくてたまらなかった

自分を愛せないことより
子に愛を与えてやれない自分がたまらなく嫌だった
当たり前に育むと言うことが分からない

「母親だろう」と言われても、それをやりたくても出来ない

でも本当に母親として愛してやりたいと痛切に思っていた
だからその言葉が苦しかった


「母親になりたい」
それが私の願いだった






そんな私にも
身ごもり養う日々があった

子どもを抱かせてもらった
あの日々があった

我が子を胸に抱いた日々が

その柔らかな風を思い出す





かつて私もまた

無垢な赤ん坊だったのだ



あの日の赤ん坊を

私が抱こう





この胸に


柔らかく


温かく
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by olivelight | 2009-10-16 14:41 | 学び
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